金管楽器の吹きやすさと鳴らしやすさの要因 ・・・(2)
3. 吹きやすさ、鳴らしやすさの要因
3.1 音程に関する吹奏法の検討
吹きやすさの要因の一つとして、まず楽器本体の音程特性が良いことが挙げられよう。実際に吹奏した場合の定常部のピッチを測定する。抜差管は抜かないでマウスピースは自分の物を使う。管体の共振特性を修正しないで、最も吹き易い音高で吹いてもらう。Bb管二機種とC管一機種を七人のプロとプロ級に吹いてもらったところ奏法はT型とK型に分かれた。
奏者Tの場合、中音域で吹奏値と管体の共振周波数との差はほぼ一定で、繰り返し測定においても良い再現性を示し安定した奏法である。吹奏順をランダムにした場合もほぼ一致し、三機種とも特に中音域では同じ傾向を示した。低音域(第2次モード)と高音域(第8次モード)での吹奏値は、管体の共振特性の高めのところは低めに、低めのところは高めに吹くように少なからず補正が働いており、この領域では入力の特性(奏法)が中音域と異なり、それが音程決定の支配的な要因となるためと考えられる。通常はこのT型の奏法を基準にして楽器のピッチは設計される。
奏者Kの場合には、吹奏値は比較的平坦でピッチは高めとなる。管体の共振特性が高めと低めのモードの音高を自分の音程感で補正している。繰り返しの測定においても再現性が悪くて安定した奏法とは言い難い。これは「管体の共振特性を修正しないで」という吹奏条件に忠実でないためと考えられる。全ての機種に対してもこの傾向がみられることから、Kの場合には吹奏音の形成過程において、奏者の入力の特性(奏法)が支配的であり、管体の共振特性は第二次的なものとなって、その分、音色は特徴的なものとなる。Kのように高めのピッチで吹く奏者の場合は実際には抜差管の長さ調整でチューニングすることになる。
3.2 管体の音響管としての共振特性
・音程、音量との関連
管体の唄口端部にマイクロホンを密閉状態に装着して閉端とし、開口端から一定音圧のサイン波を入射する。サイン波の周波数を一定速度で掃引して、閉端部のマイクロホンで観測される音圧が極大値を示す周波数を共振周波数(共振点)とする。共振点は1次から8次までほぼ整数倍に並び、それに当てるように吹いて所望の音程を得ることになる。この音圧共振カーブの共振点のQ値(共振鋭度)が高く、ピークレベルが高いほど大きい音量で鳴るが、その反面吹奏可能な音程幅は狭くなり、吹奏のエネルギーが多く必要となって、弱い小さい音で吹くことが難しくなる。Q値が低ければ音量は小さくなり、吹奏可能な音程幅は広くなるが、音程が定まりにくくなって、これがさらに低くなると発振しなくなる。
・音響管の減衰要因の考察
管路内の波動の減衰について考察する。空気には粘性がある。粘性は一般に流体がもつエネルギーを熱に転化させる散逸効果が主な作用である。しかしながら、自由空間を音が伝わるときの粘性の効果は大きくないが固体壁の近くでは粘性の効果は大きく現れる。壁に接する流体は壁に粘着しているので動くことができないが、壁から少し離れるとほぼ自由に動くことができる。従って壁の近くでは速度勾配が生じることになる。つまり、流体の層の間に摩擦を生じることになる。この粘性の効果のために管の中を伝わる波はかなりの減衰を伴うことが普通である。
粘性のほかに熱伝導も減衰の要因になる。音の圧力変動は断熱的であるが、これは壁から離れた場所での話である。壁は熱容量が空気に比べて圧倒的に大きいのでほぼ等温的に振舞う。従って、壁の近くでは温度勾配を生じ、これを通して熱の出入りがある。これが減衰の原因になる。熱伝導による減衰は粘性による減衰と同じタイプであり、熱伝導は見かけ上粘性が増したのと同様の作用をもたらす。壁面が粗面であれば空気との接触面積が大きくなって粘性や熱伝導による減衰の効果が大きくなる。不連続断面、分岐、キャビティなどの影響はこの粘性と熱伝導による減衰を助長する要素となる。管璧の振動も同様である。しかしこれらの効果を定量化するには実測して推定するしかない。
・管路の内径と曲げ管路の曲率の影響
管路の内径はその径より短い波長の周波数に対しては平面波として扱えない。例えば1cmの内径では20kHzまでは十分に平面波として扱うことができる。一方、曲げ管路の曲率は波長が同次元の周波数以上の成分に対して粘性による減衰が大きくなると思われる。例えば曲率半径r=3.4cmの曲管路では波長λ=0.034m、周波数f=10kHz位がその管路の減衰周波数となる。
・開口端からの音の放射
開口端部(ベル)からの放射効率は、開口部径に依存し、開口部径より波長の長い成分に対しては回り込みが起こって開口近傍でエクスポーネンシャル的に減衰する。いわゆるエバネセント波(evanescent wave)として近傍で減衰する。それ以下の周波数成分は放射に至らないことになる。エクスポーネンシャルホーンで実効的な開口部径が大きいほど、低音域が良く鳴ることになる。振動する弦からの放射音がないのも小型スピーカから低音成分が放射されないのも同じ現象である。
・管壁の振動が音色と吹奏感に及ぼす影響
筆者はトロンボーンについて管壁の振動について計測しており、その音色と吹奏感への影響を検討した。管壁の共振モードを捉えその振動姿態と振幅を推測しているが、吹奏音のピッチと一致する場合でも最大で1μ(ミクロン)程度であり、その振動は指にも感ずるが、吹奏音のスペクトラムにはその計測精度以下でその差異は確認できなかった。奏者は管壁の振動を唇で感ずるのか、前述のエバネセント波として放射音が奏者には届いているのか、吹奏感の違いとして感ずるようである。しかしそれ以上のことは検証するに至らなかった。
3.3 相似形の楽器は似た音がする
管体の形状が相似であれば共振特性に関して相似性があるであろうという予測のもとに、まず理論上での検討を行い、Alto Horn(in Eb)を対象に計算してみた。原寸に対して0.674倍に縮小したモデル(in Bb)に対して唄口端閉端の条件で共振周波数を算出したところ、原特性と相似なパターンを得た。実際に相似モデルを試作して吹奏したところ、Alto Hornの吹奏パターンから求めた吹奏推定値に近い値を示した。このことから管楽器の共振特性、すなわち音程や音色に関して相似則が成立することが検証できた。しかし、縮小したマウスピースでは特に低音域で吹きにくく、唇とのマッチング上、実用的でないことが確認された。マウスピースにまで相似則を適応することは現実的でない。 -(つづく)-
楽器創造館 村上 和男
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